※弊社メールマガジン「ROCK’in MAILMAN」2008.7.4号〜2008.12.19号まで連載された、高山博さんによるコラム「東京音楽散歩」を再掲載しています。
第二回 日本橋三越のシアターオルガン
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日本橋界隈 (掲載日時:2008年8月8日)
東京音楽散歩というからには、東京の中心へ行こう、というわけで、今回は日本橋周辺を散歩。お目当ては三越本店にある世界的にも貴重なシアターオルガンだ。
お江戸日本橋は五街道の基点。つまり、鉄道のなかった江戸時代には、ここがいわば東京駅だったのだ。当然、日本全国から物と人が集まる。それらを扱う大店(おおだな)が軒を並べ、江戸で一番の商業地ともなった。あわせてここは代表的な下町でもある。下町の本場というのもおかしいが、もしそういうものがあるとすれば、日本橋こそがそうだろう。残念ながら東京大空襲で壊滅的な被害を受けたのだが、それでも、今も格式の高い商業地として賑わい、また下町の風情を求めて訪れる人の多い地域である。
というわけで、我々も日本橋から出発。といっても先を急ぐ旅ではない。時分どきだったので、とりあえず昼飯でもということで、創業昭和六年の洋食レストラン『たいめいけん』へ。カレーライスに名物のボルシチとコールスロー(どちらも50円!)にする。ダイエット中のリョウジくんも迷った末に同じものに。夏のカレーは伝染する。最近流行の茶色いっぽい欧風でもなく、エスニック風でももちろんなく、まっ黄色なのが出てくる。カレー粉の風味がたっていて、まことに正しい日本の洋食である。
三越を横目に通り過ぎて、少し腹ごなしにブラブラ。海苔の山本、鰹節のにんべん、刃物の木屋など、江戸時代からの名店が並ぶ。どの店もそうだが、店員の応対が素晴らしい。商品を眺めている客の邪魔をせず、しかし放っておくでもなく、絶妙の間合いで声をかけてくる。物腰は柔らかく言葉は丁寧だが、慇懃無礼なところは全くない。老舗の余裕なのかガツガツしたところがなく、店内は落ち着いていて、そこに居るだけ心がスっとする。思わず乾物を買ってしまう。なんだか、散歩しに来たのか、買い物に来たのかわからなくなってきた。
日本橋川沿いに行くと少しずつ人家が増え、下町らしくなってくる。そこで生活もしているような小さな問屋や商社が並ぶ。爪楊枝専門店といった珍しい店もある。
しばらく歩いて人形町。こちらは日本橋と違って下町の商店街の風情だが、ひょいと有名店があらわれる。なんでもない店かと思っていると、創業が江戸時代だったりするから油断がならない。『三丁目の夕日』に出てくるような、引き戸と土間を構えた小さなお店があったので覗いてみたら、珍しい“つづら”の専門店だった。店内には、まだ作りかけの品物が並び、塗料の柿渋(かきしぶ)の匂いがする。また少し歩くと今度は三味線店。お客さんが入ってきて、いかにもいつものといった口調で店主と話している。「糸をもらいにきたよ」「三の糸?」「二つ貰っとこうか」(糸は弦のこと)。考えてみれば、日本橋は古くから花柳の地としても有名、泉鏡花の有名な小説もあった。三味線や邦楽が身近な土地なのだ。
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夏の太陽の下、汗を拭きつつ散策するのは結構大変でしたが、夕暮が近づくにつれ、通りに現れてくる下町風情が涼しさを感じさせてくれました。立ち寄った三味線店。店主と馴染みらしいお客さんとの会話に感じる「江戸のノリ」に、思わず耳をそばだててしまいました。
Rock oN 担当 リュウジ
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日本橋三越のシアターオルガンを聴く(掲載日時:2008年8月15日)
だいぶ歩いてしまったので、地下鉄で一駅戻って三越へ。日本橋三越は、1935年の建築。名門百貨店の本店らしく重厚な作りで、東京都の歴史的建造物にも指定されている。シンボルのライオンに出迎えられて店内に入ると、一階中央には吹き抜けの大空間が現われる。五階までの各フロアにはバルコニーが巡らされ、天井のステンドグラス越しに柔らかな光がそそいでいる。ホール中央には、高さ約11mの巨大な極彩色のオブジェ、天女(と書いて“まごころ”と読む)像が鎮座する。ホールやバルコニーのそこここに、座り心地のいい椅子やテーブルが配置され、自由に休憩できるようになっている。彫刻といい、ステンドグラスといい、百貨店というよりも美術館か宮殿のようだ。
オルガンは、その吹き抜けの正面、二階バルコニーのステージに備え付けられている。10時、12時、3時が演奏時間で、もちろん入場料などはとらない。ちょうど、3時の演奏が始まるところで、オルガニストのおねえさんが登場。バッハのオルガン曲などのクラシックだけでなく、季節にちなんだ曲やポピュラー音楽も演奏されるのが、このオルガンと場所に相応しい。買い物途中のお客さんも、かしこまらずに、ゆったりと聞いている。とはいえ、電子/電気オルガンのようにスピーカーではなく、本物のパイプによる音の存在感は素晴らしい。重低音の音圧や高音域のサラサラしたピュアな音色など、これでしか聴けない音色が堪能できる。相当な音量が出ている筈なのだが、パイプの近くでもうるさくないし、離れた場所でもきちんと聞こえる。ホールの大空間もあわせて一つの楽器なのがよくわかる。マイクを立てるなら、ここかな、あそこかななどと考えてしまう。
このオルガンだが、非常に珍しいウーリッツァーのシアターオルガンだ。シアターオルガンは、パイプオルガンの一種だが、当初、無声映画の伴奏目的に作られたのでこの名前がある。音色の方も、伝統的なチャーチ・オルガンとは異なり、宗教曲やクラシック以外の幅広いジャンルの曲を独奏できるように工夫されている。ウーリッツァーというと、なんといってもエレピを連想してしまうのだが、オルガン・メーカーとしての歴史も深い。シアターオルガンはとりわけ有名だが、その他にも、遊園地で見かけるような自動オルガンも作っている。
三越本店のオルガンは、1930年に当時のお金で350,000ドル、今の貨幣価値に換算すると約2億円で購入したとのこと。本格的なパイプオルガン自体が日本に数台しかない時代なので、大変な評判となった。NHKでは、この楽器の演奏を聞かせるレギュラー番組が組まれ、NHKと三越の間には専用回線まで引かれたらしい。こういった事態は、今ではちょっと想像しがたいことだが、当時の百貨店が単に大型の商業施設であるというだけに留まらず、日本に西洋文明を伝える窓口として機能していたことを思わせる。一種のテーマパークというか、万博というか、そこに行くだけで晴れがましい、そんな場所だったのだろう。確かにこうしてホールにいると、今も残る独特の祝祭的な気分を感じることができる。
シアターオルガンをフィールドレコーディング
三越日本橋店内の雰囲気も含め、シアターオルガンのサウンドをお楽しみ下さい。EDIROL R-09HRを使って録っています。 Vol.01(mp3) 浜辺の歌(作曲 成田為三)
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高山さんの案内で、シアターオルガンの存在を初めて知ったのですが、「百貨店内で生演奏を聞く」ということも含め、大変貴重な機会になりました。高山さんは至近距離から、私は向かいのフロア真正面から演奏を聞いたのですが、予想外にも重低音が出てるのにはびっくり。でもその音は、吹き抜けフロアの開放感あるアンビエンスと相まって、優しい響きに変わり空間を埋めていました。鍵盤弾きの皆さんなら楽しめるはずなので、ぜひ足を運んでみてはどうでしょうか。
Rock oN 担当 リュウジ
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日本橋三越のシアターオルガンを見学する(掲載日時:2008年8月22日)
今回、特別に間近でオルガンを見せてもらうことができた。そばで見るシアターオルガンは、さすがに堂々としている。キーボード風にスペックを書けば、3段鍵盤各61Key、足鍵盤31KEY、といったところだろうか。一般のキーボードのプリセット音色にあたる、ストップ(音栓)数は89で、これらストップは複数同時に作動させたりと組み合わせて使用できるので、実際に演奏できる音色の数はもっと多い。また、オシレータにあたるパイプ数は、12列852本で、鍵盤部とは別のパイプボックスに入っている。鍵盤部分は、いわばコントローラーというわけだ。ちなみにモデル名はR20型、製造番号は2099.となっている。
オルガンやパイプには、元々美しい金属装飾が施されていたそうだが、太平洋戦争中に供出されてしまったとのこと。本体に関しても、戦後の混乱期を経て一時は演奏不能状態になっていた。1986年には大修理を経て、ほぼ機能を回復しているが、今もメンテナンスは継続中で、いくつか修復中のストップもあるようだ。
ちょっと面白かったのは、大修理の際にMIDI OUT端子が追加されたこと。現在はまた取り除かれているが、端子の穴と表示が残っている。GM音源のようなものをつけてピアノなどの音色を鳴らすことを可能にしていたらしい。普段MIDI楽器に接している方からすれば、せっかくのパイプオルガンになぜと思ってしまうのだが、その辺りが価値観の違いなのかもしれない。
なお、当然だがMIDI Inは付いていない。その代わりというわけでもないのだが、専用の自動演奏装置が付属している。紙のロールにパンチ穴が開いていて、これを読み取ることで演奏する仕組み。まさにDAWのピアノロール・ウィンドウの元祖だ。
パイプボックスも見せていただいた。バルコニー左右の薄いレースのカーテンの中にあり、ボックスといっても小部屋ほどの広さがある。左がソロパイプ、右がメインになる、ボックスにはスウェルと呼ばれるシャッターが付いている。パイプオルガンでは、ペダル操作によってこれを開け閉めすることで音量を変化させる。電気/電子オルガンで音量ペダルのことをスウェルと呼ぶのは、これに由来する。
パイプボックスには、パイプ以外の音源も装備されている。チューブラ・ベルや鈴、ウッドブロック、さらには、大太鼓や小太鼓まで見える。鳥の声も出るらしい。メンテナンスの関係で現在はほとんど配線が外してあるらしいが、クリスマス・ソングでこういった音色が使われれば、どんなに華やかで楽しいことだろう。シアターオルガンというのは、シアターに設置するからというよりも、それがある場所がシアターになる、そういった存在なのかもしれない。
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三越の広報担当者様には、大変お世話になりました。また、演奏者のかたにもお話をお伺い出来ました。ありがとうございました!ご覧になっているキーボード・ファンの方も、ぜひ三越本店に足をお運び下さい。今回は、某専門誌より貴重な取材ができたのでは!?と思います。
Rock oN 担当 リュウジ
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三越散歩(掲載日時:2008年8月29日)
せっかく三越に来たので、広い店内をブラブラすることにする。普段あまりこういう店にこないリュウジくんは、店員に深々とおじぎされたりして逆に恐縮している。そういえば、オルガンの取材をセットしていただいた広報担当の女性も、とても丁寧でよく気の付く方だった。キビキビとよく動きながらも、どこか鷹揚でゆったりとしたところが、相手に気を遣わせないように作用する。やはりここも日本橋の老舗、大店なのだ。
三越の前身は、江戸時代の大呉服店、“越後屋”になる。創業者は三井高利、三井の越後屋で三越というわけだ。そうして開かれた日本橋三越は日本で最古の百貨店であもる。また三井家は、明治時代には三井財閥を起こし、今もある三井を冠した様々な企業群へとつながる。ここ日本橋は、そういった三井の本拠地だ。三越の隣には三井本館が、さらにその向こうには三井タワーが連なる。
三越本店は、1935年の建築当時、日本で三番目に大きなビルだった。一番は国会議事堂、二番は丸ビル、もちろん百貨店としては一番である。大きさだけでなく、内外装も贅をつくした作りで、随所に施された彫刻や金属装飾などは、それをみているだけでも楽しい。また内装材には高価なイタリア製の大理石がふんだんに使われていて、最近よくある人造大理石とはちがって、微妙な陰影のマーブル模様が味わい深い。
その大理石だが、石灰岩が地中深くもぐり大きな圧力を受けて変成したもの。石灰岩は堆積岩なので、大理石にも化石が入っていることがある。というわけで、三越の大理石にも化石が含まれている箇所がいくつかある。見やすい場所には、丁寧に表示板が付いている。教科書でならったアンモナイトが、そのままの渦巻き模様をみせたりしていて、なかなか面白い。
古生物や現代の人類を見ながら徐々に階を登っていくと、カルチャーサロンの一画に出た。パンフレットをみるといろいろな教室が並んでいる。“音楽”という項目とは別に、わざわざ“邦舞・邦楽”という項目が設けてあり、三味線や小唄など多数の講座がならんでいる。パイプオルガンと三味線が同居しているところが、なるほど日本橋である。
さらにぶらりぶらりと上っていくうちに屋上にたどり着いた。上がったところには、英国風庭園がしつらえられてあり、夏の風をやわらげている。垣根の向こうでは、ビヤガーデンの準備をしているが、まだ開店前でガランとしている。そこだけ賑やかなビヤガーデンのBGMを聴きながら、屋上を歩いていると”漱石の越後屋”と記された石碑があった。夏目漱石の作品に度々越後屋が登場することから、これを顕彰して立てたらしい。さらにその隣には、三圍(三囲)神社(みめぐりじんじゃ)が祀られている。本社は隅田川沿いで、三井家の守り神として信仰されている。三囲が三井を守るということにつながるから、という説もあるらしい。
神社の鳥居の向こうには、三井タワーの超高層建築が見える。隣はアールデコ風の屋上入り口。反対側には漱石の石碑。江戸から明治、昭和、平成へと連なる日本橋の歴史がある。
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普段気にしていない建物の細部。ちょっと目を凝らせば、日本橋三越の重ねてきた長い歴史の一部が見れ、色んなことに気付いた散歩でした。屋上で不意に出会った「ビアガーデン-鳥居-漱石-高層ビル」という少しシュールな組み合わせ。(当たり前ですが)屋上にのぼらないと見えないものがそこにはあり、東京の百貨店屋上巡りというのも面白うそうかな、、と思いました。そういえば、「屋上-生ビール-ハワイアン」という組み合わせもありますが、久しく行ってませんけど、そろそろ夏も終わりですね。。。
Rock oN 担当 リュウジ
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高山博プロフィール:アレンジャー/コンポーザー。クラシックはもとより民族音楽からポップス、ロック、アニメ音楽まで幅広い知識と 経験を 持ち、CD、TV、劇伴、イベント等、幅広い分野で活躍中。コンピューターと シンセサイザーを使った音楽制作にもその最初期から取り組んでおり、作品のクオリティの高さには定評がある。Rock on CompanyでもKeyboardMagazine連動セミナーでおなじみ。
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【目次】
第二回 日本橋三越のシアターオルガン
「STAR WARS フォースの覚醒」はどのように作られたのか
今年のRock on AWARD2016は掲載されていない製品にもどんどんとうひょうできます![...]
クロスフェード…それはCreatorとProductの化学反応[...]
RME Babyface Pro発売を記念し、創業者マティアス・カーステンズ氏インタビュー[...]
『シンセサイザーの楽しみ』ともう一度向き合おう。情熱とこだわりがシンセの歴史を変えて行く!キーマンのお二人に直接インタビューをすることができました。[...]
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