音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れ、楽しんでお読み下さい。

第24回目は、日本のR&B、ヒップホップのプロダクションシーンをリードするプロデューサー、作家、エンジニアが多く所属するタイニーボイスプロダクションから、 トラックメーカー/プロデューサーのMANABOONさんが登場です。都内にあるご自身のスタジオにお邪魔し、お話をお伺いました。

2011年9月22日取材

絶対音感の持ち主! 幼少時にバイオリンで培う

Rock oN:音楽に触れられた頃のお話をお伺いできますか?

MANABOON氏(以下 MANABOON):最初に興味を持ったのはバイオリンで、幼稚園の時にNHKの「おかあさんといっしょ」に出てくるキャラクターのぽろりがバイオリンを弾いているシーンを見て「僕も弾いてみたい。」と親に言ったらしいんです。

Rock oN:ご家庭に音楽のある環境でしたか?

MANABOON:母がフルートの先生で、父はチェロを弾いてました。バイオリンは、個人で教えている先生のところへ毎週レッスンに通いました。

Rock oN:幼稚園児が最初に弾くバイオリンって、どんな感じだったんですか?

MANABOON:まさにドラえもんのしずかちゃんみたいに、最初は「キーッ」と音を出す感じでしたね(笑)。高校3年くらいまで続けましたが、そのおかげで絶対音感が身に付いたんです。バイオリンは自分で調律をするので、子供のころから繰り返していくうちに身に付いたという感じですね。

Rock oN:おー、すごいですね。絶対音感って生まれつきの素質というより、トレーニングすることで身に付くものなんですか?

MANABOON:そうみたいですね。今の仕事の前は、カラオケや着メロを作る仕事をしてたんですが、絶対音感があるおかげで耳コピする作業は早かったですよ。今の仕事にどの程度役立ってるか、はっきりしたことは言えませんが、歌のディレクションには役立ってると思います。最近ですが、とあるCMでギターのカッティグと弦のピチカートが半音でぶつかってるのがすごく気になるんですよ。もちろん、意図してぶつけてあるケースもあり、ケースバイケースなので、必ずしも正しいことがかっこいいという訳ではないですが。だから、絶対音感が逆に邪魔になる場合もあるかもしれませんね。

中学生になってからは、姉がピアノを習っていてアップライトピアノが家にあったので興味がそっちに移ったんです。最初は独学で気ままに練習したんですが、ある時テレビで耳にしたザ・ブームの「島唄」のメロディとベースラインの動きに興味を覚えたんです。歌を支えるベースラインとその上で流れる明快なメロディが曲を構成する大事な要素なんだなぁ、ということに気付いて、それ以降、コード(伴奏)とメロディ(旋律)の組み合わせで曲を弾く段階に移れたんです。

Rock oN:その当時は何を聞いてたんですか?MANABOON:特にこれが好きという感じではなかったのですが、普通のJ-POPを聞いてました。こんなこと言うと当時の先生が泣いちゃうかもしれませんが、バイオリンのレッスンはそんなに好きじゃなかったので(笑)、クラシックはそんなに聞いてませんでした。出身は保谷市(現 西東京市)なんですが、高校受験の時に親が「公立に入ったらシンセサイザーを買って上げる。」と約束してくれたんです。それで買ってもらったのがYAMAHA EOS B900でした。

Rock oN:小室世代ですね? 当時、一斉を風靡した機種ですからね。MANABOON:まさにそうです。後々、東京音大に進学しますが、その時の友達にはEOSを買ってたという人が結構いましたよ。シンセに興味をもったきっかけは、「ピアノのタッチって重いなぁ。もっと軽く弾けるような鍵盤がいいなぁ。」と思い、ピアノの代替くらいの感じでシンセを買ったんです。でも、シンセを買って初めて「こんな音もでるんだ!」ということに気付いたんですね(笑)。以降、打ち込みの世界にハマっていきました。

 

バイオリン〜ピアノ、そしてチューバ。多岐に渡る楽器歴

Rock oN:バンドやったり、学園祭で人前で弾くような機会はありましたか?

MANABOON:ブラスバンド部でチューバを吹いてましたよ。

Rock oN:え? チューバ?

MANABOON:最初はアコースティックベース(コントラバス)がやりたかったんですが、僕のようながたいのいい生徒が入部するとチューバにさせられるんですよ(笑)。今の仕事に直結して役にたった部分は少ないかもしれませんが、ヘ音記号の譜面が読めるようになりました(笑)。

Rock oN:じゃあ、特定の楽器に固執してるとか、そういうことはなかったんですね? もしかして、(音楽の)天才肌な子供だったんでは?

MANABOON:いや〜、そんなことはないと思いますけど、色んな楽器に触れることが出来てよかったですね。今から振り返ると、最終的に形になったのは鍵盤だけなんですけどね。久しぶりにバイオリンを弾こうと思って、去年、サイレントバイオリンを手に入れて、たまに弾いてますが弦のアレンジをしていて運指を確認するために役立ってます。

高校でのブラスバンドの経験は、どういう音の積み方をすれば奇麗に響くか、といった知識に役に立ってますし、今、R&Bやヒップホップに強い事務所(タイニーボイスプロダクション)に所属して仕事をしていますが、ストリングスやピアノなどの生楽器のしっかりとしたアレンジをやるということが、今の自分の強みとして勝負する部分になっていることは確かですね。演劇が盛んな高校だったので、文化祭では映画の「天使にラブソングを」で使われる「オーハッピーディ」のピアノを担当しました。当時、今のように黒人音楽にはまる兆候があった訳ではないですが、その時にゴスペルに触れてたんだなと思うと、いいきっかけになっていたのかもしれません。

Rock oN:打ち込みはどんな機材でやってました?高校2年の時にMIDI音源のRoland SC88-PROを買って、EOS B900をシーケンサーにしてました。最初は独学だったんですが、渋谷のローランド・ミュージックスクールに通って打ち込みの講習を受けたんですよ。自分で打ち込んだものを先生に聞いてもらってアドバイスを受けるといったことをしていました。

 

東京音大 映画放送音楽コースでのスパルタ授業とは?

Rock oN:基本、真面目な人なんですね?

MANABOON:そうですね、確かに(笑)。高校卒業後は音楽の専門学校に行こうと思って両親に相談したんですが、「音大に進むんだったら学費を出してあげる。」と言われたんです。それで、東京音大の映画放送音楽コースに決めて、受験勉強を開始しました。専門の先生のところに行って教わるんですが、高校2年の夏頃だったと思います。試験内容は、筆記試験に加え、ピアノの実技演奏、和声の課題がありました。和声は旋律が与えられて、それにコードを付けて、後日行われる面接の時にそれをピアノで弾くという内容でした。

絶対音感を持ち、バイオリン、ピアノ、チューバと経て、東京音大へ進学されたMANABOONさん。ポップスというよりは、いかにもアカデミックな匂いのするこれまでのお話ですが、大学で選ばれた学科は商業音楽を前提とした映画放送音楽コースということで、今のお仕事へ繋がる部分が見えてきましたね。では、引き続き現事務所(タイニーボイスプロダクション)に入るまでの経緯をお伺いしていきます。

Rock oN:その学科の定員は何人だったんですか?

MANABOON:11人だったかな?

Rock oN:狭き門ですね。MANABOON:でも、今、同じ業界でその学科の卒業生が周りに結構いるんですよ。打ち込みで制作した楽曲を批評してもらえる機会があったり、アカデミックな方向というより、商業的な音楽の制作を目指す学科だったので興味を持ったんです。本来は映画などの劇伴の作家を育てる学科ですが、結構スパルタな授業内容で、大変お世話になった堀井勝美先生の授業では、毎週1曲、構成楽器のすべてをコピーをして譜面を書き、それをそっくり打ち込んで、さらに、その作業で得られた曲のエッセンスをもとにして、自分でオリジナル曲を作るという内容だったんです。結構鍛えられました。今の僕のコードなどに対する知識はそこで培ったといってもいいくらいですね。

Rock oN:課題はどんな曲が出たんですか?MANABOON:本当に多岐に渡ってましたよ。ジャコ・パストリアスだったり、スティーリー・ダンだったり。スティーリー・ダンはコードが凝ってるので大変でしたし、何より堀井先生ご自身がスティーリー・ダンの大ファンだったので、「ここのコードは違う!本当はこうだ!」とピアノを交えて熱血指導して頂きま した。

同時に、その頃から黒人音楽が好きになって入り込んでいくんですが、今やってるような歌ものの仕事をやりたいと次第に思うようになりました。大学卒業後、守尾崇さんの会社でカラオケの制作の仕事をしてましたが、プライベートでは、シンガーと一緒にライブハウスや小さなバーでR&Bやソウルのイベントに出たりとするようになって、そこで色んなミュージシャンと知り合うようになり、その中に、今、トラックメイカーとして活躍してるSTYがいたんです。彼が「今井了介さんの事務所に遊びに行くから一緒にどう?」と誘ってくれ、タイニーボイスプロダクションのスタジオに行ったんですが、そこで自分の曲を聞いてもらうことが出来て、最初は着うたのアレンジの仕事等を頂いたりしてたんですが、次第にRain(ピ)のレコーディングなどでピアノを弾かせてもらうようになり、2006年6月にタイニーボイスに来ないかと誘ってもらいました。

 

得意技はエロピ! 憧れる久保田利伸さんとの仕事が実現

MANABOON:それから次第にアレンジを丸々任せてもらうようになり、今に至るという感じですね。シングルA面曲のプロデュースとしては、清水翔太さんの「君が好き」という曲が初めてだったんですが、その頃から「君のピアノはエロイのでエロピだね。」と言われ、自分でも意識するようになって、それが自分のアレンジの軸となる部分になってるかなと思います。その後、久保田利伸さんの制作に携われたというのが自分の中ではかなり大きく、自信につながりました。松尾潔さんが監修するディズニーのR&BカバーのコンピレーションCDに、ライオンキングの「Can You Feel the Love Tonight」のアレンジャーとして参加したんです。そのアレンジを松尾さんが覚えてくださってて、久保田さんが松尾さんに「ネオ・ソウルがやれる若手アレンジャーはいないか?」と聞かれた時に、僕の名前を挙げてくださったそうなんです。 *Recent Work:久保田利伸 Gold Skool 収録:TRK11 海へ来なさい(井上陽水カバー)

Rock oN:久保田さんとのお仕事は大変だったですか?

MANABOON:いや、そんなことはなくて悩むことも無く、久保田さんという大きな器が既に成立しているので、その中で支えてもらえてるといった感じで、自由にやらせてもらえたんですよ。通常はマーケットに出るポピュラー音楽としての落としどころに持って行くために、多少悩む場合もあるんですが、久保田さんの時は、極限まで、「どうしたらかっこよくなるのか?」というスタンスを貫いて制作に向かえ、ピュアで、すごく幸せな時間でした。

Rock oN:沢山の作家の方が、事務所(タイニーボイスプロダクション)にいらっしゃいますが、MANABOONさんの方からご自分をアピールするようなことをされましたか?

MANABOON:代表の今井了介さんもおっしゃてくれたんですが、僕は「トラックを作る上で生楽器の扱いが上手いから、その方向で行ったらいいよ。」というアドバイスを頂き、頂いた仕事は全力で取り組みましたし、その積み重ねが自分への評価になればいいなと考えています。

Rock oN:今はアレンジ、トラックメーキングのお仕事がメインかと思いますが、ボーカルのディレクションもされてますよね。どういうことをするのか、教えてくれませんか?

MANABOON:もちろんレコーディング時に、シンガーに対するケアやテイクの善し悪しを判断することが第一にありますが、R&Bなどでは使うコードも複雑なので、そのコードのテンション感を活かすためにもコーラスの音の積み方やその流れに神経を使うんです。人(シンガー)と接する部分から、音楽理論的な部分までをトータルで含んでボーカルディレクションと考えてます。かなり繊細な部分ですね。

 

ハードウェア音源モジュールへのこだわり

Rock oN:機材ですが、ハードウェアの音源モジュールを複数お使いですね? こだわりがあるんですか?

MANABOON:ビートの部分はソフトウェア音源のMOTU BPMをよく使います。一方、上ものに関しては断然ハードウェアの使用率が大きいです。慣れてて使いやすいといったこともありますが、今のソフトシンセの進化具合からいうと、一昔前となってしまった感のある音源モジュールの音の方が自分にとってはトラックとマッチするんですね。トラックで使う上で僕はリアルな音を求めてる訳ではなく、自分が聞いてきた90年代や2000年代のR&Bやヒップホップの音が出るということが大きいです。もちろん周りには完全ソフトウェアオンリーのアレンジャーもいますが、僕のようにハードウェアを組み合わせて使ってる人もまだまだ多いですよ。もう、ハードウェア音源モジュールの新製品が出てこなくなったので、メーカーの方にお願いしたいですね(笑)。新製品が出れば、僕は買いますよ!

Rock oN:ご自宅スタジオでは、どういった作業をされるのですか?MANABOON:ミックスはタイニーボイスプロダクションのスタジオでやることが多いので、それまでのプロダクションをここで行います。スタジオへはトラックをファイルで持ち込みますが、ハードウェア音源をオーディオファイル化する際には、Millennia HV-3Cなどのハイエンド系アウトボードHAを通して音作りしていきます。オーディオ・インターフェースはAPOGEE Symphony I/Oなんですが、これを導入してから本当に出音のクオリティが上がりました。専用のMaestroソフトウェアで設定できるSoft Limit機能は、多少レベルを突っ込み気味で使ってもOKで、いい感じになりますね。今のセットアップには結構満足しています。

例えば僕の場合、ギターの打ち込みが大好きなのですが、それはギタリストが弾く音の代用という事では決してなくて、リアルタイムで聞いてきたメ アリー・J・ブライジの 「everything」だったり、TLCの「No Scrubs」だったり、打ち込みのギラッギラしたギターの音がたまらなく好きだったんです。もちろん実際の制作ではギタリストの方に弾いてもらった方が いい場合も往々にしてあるので、その辺りは臨機応変に。特に打込みだからダメというルールや縛りは作らず、自分が思うかっこよさを第一にして作業してます。

Rock oN:これからの目標などお聞かせください。

MANABOON:今ある仕事を精一杯こなすことが目下の目標なんですが、自分には鍵盤が弾けるという強みがあるので、生楽器のフィーリングを活かしたトラックを作ることで自分の強みをさらに追求して行きたいです。

Rock oN:最後になんですが、MANABOONさんにとって音楽とは何ですか? MANABOON:趣味といってもCDを買うことくらいなので、本当に、仕事もプライベートも音楽一色という感じです。仕事としての音楽は、楽しいことばかりでなくつらいこともありますが、逆にそこが魅力でもあります。仮に、仕事として音楽から離れることがあっても、趣味として作り続けていくでしょうし、もう一生離れられない存在ですね。


面白いと思ったのは、バイオリン、ピアノ、チューバ、打ち込みといったMANABOONさんの、多岐にわたる音楽的バックボーンが、現代的なトラック制作に集結して繋がっているということでした。R&Bやヒップホップのトラックでは、打ち込みだけでなく、弦、管の編曲といった専門的な知識、技術を必要とするパートが大きな役割を演じる訳ですが、そういった部分を担う専門職としての顔をMANABOONさんのお話から伺うことができました。東京音大にはアカデミック一辺倒なイメージを抱いてましたが、打ち込みで制作した楽曲を批評してもらえる機会があったり、商業音楽前提のコースがあったりと、僕のイメージが古い物だと気付いたり(笑)...MANABOONさんのスタジオの棚には沢山のCDがびっしりと詰め込まれ、彼の音楽マニアとしての側面と、それら大量のCDがアルファベット順に整然と並べられてたりしていて、その几帳面な感じが、MANABOONさんの作る美しいトラックのイメージと重なりました。本人言われるところの「エロピ」のエロイ感じは、ご本人のキャラクターからも、お部屋の中からも探すことはできませんでしたが(笑)!

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