音をクリエイトし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。このコーナーでは、制作者の人柄が、サウンドにどうつながっていくのかに注目。機材中心のレポートから少し離れて楽しんでお読みいただけるのがPeople of Soundです。

第6回目は、音楽プロデューサー / エンジニア 伊藤圭一さんです。さまざまな活躍をされていますが、時流に流されないため敢えてホームページを公開しなかったり、プロデュースしている作品やアーティストを基本的に公表しないという、ご本人の独自の仕事のスタンスもあって、皆さんに伊藤さんの印象を深めているのは、サンレコで2004年4月まで担当されていた、Pro Toolsの連載ではないでしょうか。音楽プロデューサー / エンジニアとしての緻密な判断基準に基づいた、Pro Toolsに対する深いレベルでの解釈から、高い信頼とノウハウが生み出されていました。また、紙面で披露される独自の使い方から浮かんでくるのは、アイディアマンとしての個性的な人物像。今回、その2つがどうやって生み出されているのか??という好奇心もあり、楽しみにしながら、都内のKim Studioにお邪魔しました。

2007年7月14日取材

プロデュース業に繋がる礎 ~伏線は少年時代にさかのぼる~

Rock oN:音楽へ目覚めたきっかけをお伺いできますか?

伊藤圭一氏(以下 伊藤):小学生の頃ですが、両親の友人が近くで大きなホテルを経営していて、そこにジュークボックスが何台もあったんですよ。毎月新しいレコードに入れ替えられるので、外されたアナログレコードをもらってました。聴くのが大変なくらい沢山のレコードが裸のまま段ボールに入れてあって、ひたすら順番に聞いていました。

Rock oN:あらゆるジャンルの音楽が、詰まっていたと思います。中身を気にせず、手当たり次第にですか...

伊藤:そうですよ。小学生の僕の中にはジャンルというものが全くなかった。段ボールにレコードがたまっていったのですが、それを整理するのが最高に楽しかったんです。でも、ジャケットがないので詳細が分らない。聴くて自分なりに考えて、整理していました。もう一度聞きたいと思ったものは、アーティスト名の順番で棚に並べたんですが、ビートルズとベートーベンが隣で並んじゃったりするんですよ。

普通に考えたら並べない組み合わせなんですが、ジャンルは全然関係ない。このことは、今の仕事の礎になっていて、何を聞いても抵抗はないし、何を聞いても知らないジャンルがない。例えば「演歌がだめなんだよ。」という人もいますが、僕は何を聴くても全然平気なんです。すばらしい出会いでしたね。

Rock oN:かなり特殊なスタートですね。学生時代に色々聴くてくなかで、引っかかるジャンルはなかったんですか?

伊藤:ありますよ。高校生ぐらいではフュージョンですね。たまたま聞いたマイケル・フランク スの「The Art Of Tea」というアルバムに、むちゃくちゃかっこいいギターが入ってた。そのギタリストの名前がラリー・カールトンだと知ったんです。それで、彼が参加した色んなレコードを辿って聞いていき、彼が参加しているクルセイダーズというバンドが大好きでした。

「南から来た十 字軍」というレコードがあって、それに入ってるギターがかっこ良かった。また同じレコードの後ろで鳴ってるローズがかっこいいなぁと思ってジョー・サンプルを聞い たりと、そういう聞き方をしていました。

Rock oN:まわりの友達にはそういう人は少数派では?

伊藤:全然いませんでしたね。まわりは歌謡曲やアイドルなどが好きでしたが、子供の頃から沢山のジャンルを聞いていたので、耳年増になっていたんですかね(笑)。

Rock oN:楽器の演奏はどうでした。プレイヤーとしての音楽活動をされましたか?

伊藤:ギターをやりましたよ。母親の弟が弾いていて、それを借りて遊んだりしていました。でも、他の人みたいにコードブックを買って練習するという感じでもなく、耳だけで覚えたという感じでした。今、スタジオミュージシャンに、自分で弾いたガイドのギターを聞かせると、「これ、変なギターだね~!」とよく言われるんですよ(笑)。普通の押え方と違うんでしょうけど、でも、それはこのスタジオのサウンドの個性の1つになってるかな。ギターに限らず、ボイシングが変わってるというか、おしゃれ!?なのが好きなんですね。ロックの3コードみたいに、ガーンとやってるのはあまり好きじゃないですね。もちろん、だめじゃないですよ(笑)

Rock oN:いろんな意味で、自ら発見して生み出すスタイルが、この時すでに定着していますね。

伊藤:面白いエピソードがあって、いわゆるバンドと呼ばれるものはやってないんですけど、高校生の頃、コンテストやレコード会社のオーディションに申し込んで、賞品や賞金稼ぎをやってたんです。一次はテープ審査で応募するんですが、バンドなんかないんだけど、あるふりをしてね(笑)。演奏はほとんど自分でやっちゃうんですが、ドラムだけ誰かに頼んで、当時の4chテレコで多重録音していました。当時としては、結構な賞や賞金を頂いたりしていましたよ。最終審査になると実際に演奏しなきゃならないんだけど、本当はバンドがないから「学校で 試験があります」とか「体調を壊しました」とか言って行かないんですよ(笑)。

評価されるには、徹底的に分析を行うことが大切でした。レコード会社のオーディションに応募するにあたって、過去に選ばれた人たちを調べて、そのオーディションの合格傾向を分析して、そのオーディションにウケるようなものを作るんです。自分の音楽じゃなく、「こういうのを出せば通るだろう。」という感じで。これも今の仕事の一部の礎になってますね。今まで、僕はプレゼンというのに落ちたことがほとんどなくて、競合プレゼンと聞くと逆にワクワクしちゃうんですよ(笑)

Rock oN:なるほど。恐れ入ります。ニーズに的確に合わせるバランス感覚がすごいですね。何か、この感覚を学ぶきっかけがあったんですか?

伊藤:記憶の中で鮮明な思い出が有ります。僕には5歳下に妹がいるんですが、妹がまだ言葉も喋れない年齢の時に、表情などを教え込んで演技をやらせると、近所のおばさん達が喜んで妹が人気者になるんですよ。ふすまを、舞台のカーテンに見立て妹を登場させて、アテレコをしたりして、大変ウケていました。地元のテレビ局が取材に来たぐらいです。自分が考えて何かやると、それが形になって人を喜ばせる。それが僕のプロデュース業の第一歩なんです。自分がステージに立ちたいとは全然思ってないんですね。

多重録音のススメ ~実践を経て得られたプロデューサー体質への自覚~

伊藤:音楽ってもちろん感性で作る部分と、論理的に作る部分もあると思うんです。感性の部分はアーティストが行うんですけど、ロジカルなパートは、プロデューサーやアレンジャーが行うでしょ。多重録音を自分でやると、その論理的な部分が学習出来る。

「こういうリズムのパターンだからこういうベースを乗せて」といったことが把握できるようになる。例えば建築家が図面を書くように、音楽を聞いた時にその構造をぱっと把握できるようになる。出来上がったものを穴が開くほど聞いたって、解らないものは解らないけど、一人で多重録音をやると、どのように作られているか裏が見えるので、いい勉強になると思います。

~コンテスト用の多重録音が、このロジックを感じた始まり~

伊藤:大学生の頃にアルバイトで、近くの楽器屋さんにあるスタジオで、地元企業のコマーシャル音楽を作るようになりました。今でも地元に帰るとテレビで流れてるんですよ(笑)。当時、地方TVコマーシャルは、東京や大阪などに発注して作っていたんですが、発注もされてないのに僕が勝手に作って持って行くんです(笑)。すると、結構な確率で僕を面白いと思ってくれるんです。

もちろん、地元に住んでるので、地元のことをよく分ってるということもあります。スタジオには16chのアナログレコーダ-があったかなぁ。最初は自分で触るというわけにはいかなかったけど、当然、自分で操作したくなる訳で、録音ボタンを押してブースに駆け込んで楽器を弾く、なんてこともやってました。それは、今もある意味一緒ですけど(笑)

そこではアレンジの延長として、音を加工する、音を混ぜるといったことをすごくやりましたね。「あのレコードのバスドラの音にするにはどうしたらいいんだろう?」と考えたりして、いろいろ試行錯誤していました。僕はピアノはあまり上手ではなかったので、左手のパートをまず弾いて録って、それから右手のパートをダビングしたりもしてましたが、頭の中にあるイメージがあり、ただ自分で弾けないだけなので、「だったらダビングでやればいい。」と思ったんです。

Rock oN:ロジカルで、いわゆるプロデュース体質なんですね。総合的な視点が、お仕事に繋がってますね。

伊藤:はい。既成概念にとらわれずに仕事に入れたことは幸いでした。例えば、初代からPro Toolsを導入してるのも、そういうことが元にあっての事です。論理的に考えると、将来はテープレスになるだろうということは、初期のころから考えていました。その前に、2chのサンプラーのエディターとしてDigidesignのSound Designerを使っていましたが、これが多チャンネルのレコーダーになるだろうということも考えていて、「早くテープレスにならないかな」とずっと思っていたんです。

初代Pro Toolsが出た頃も、評判定まらなかった頃から、僕はいかに使うかをずっと考えていました。だから、ここのスタジオを作ってから20年くらいになるんですけど、SONY 3348の時代から一貫していて、アナログのマルチを1度も買う事なく、今に至りました。

Rock oN:具体的に、この業界での活躍がはじまったポイントは?

伊藤:オーディションに出したテープが気に入ってもらったことがきっかけで、プロのスタジオワークを覗きに行けるようになったんですが、あるとき、有名ギタリストのレコーディングが機材の故障のためストップしたことがあったんです。そのとき、僕が「こうすればいい。」というようなことを話して、実際にやってみたらうまくいったんです。それから「明日も来い。」と重宝がられて、たびたび参加するようになったことがきっかけです。

Rock oN:スタジオに就職した訳ではないんですよね? ただ、見学してただけ。。

伊藤:そうです。ある時、エンジニアが遅刻してきた時、「やってよっ」と急に言われたり。当時は既にSSLのコンソールだったんですけど、いつも横で見ていたのでなんとなく使い方が分ってたんです(笑)。「あのスイッチなんだろう?」と思った時は、スタジオの人にちょっと聞いてみたりして。

Rock oN:直接、教えを請うというわけでなく、ただ、横で見てた? このような経緯で業界に入った方は、珍しいですね。

伊藤:いないですよね。大体、どこかのスタジオに就職して、アシスタントを経てエンジニアになるんでしょうけど。だから、僕には下積み時代がない(笑)。元々エンジニアになりたかった訳ではないんですが、あるプロデューサーが、当時アマチュアレベルだった訳ですけど「お前が作る音が面白い」からという理由で、「エンジニアとして参加してくれ。」と声がかかるようになったんです。最初は軽い気持ちでやってたんですが、プロの実際の現場を生で見れる訳ですから面白くて。すると、まともなエンジニアの仕事が来るようになってきたんです。

ある日、フルオーケストラの録音の仕事が来たんですけど、「え~っ、そんなことやったことないのに。」と内心思いながら、前日に一夜漬けでオーケストラのCD聞きまくって。耳で覚えるしかないですからね。でも不思議なもんで、機材の操作については理解してる訳ですから、こなせたんですよね。内心は冷や汗もんだったんですけど(笑)。でも、エンジニアのポジションって、レコーディングの現場で、全部を見渡すことができるところだし、プロデュース指向のある自分にとっては、恰好の場所だって気付いたんですよ。

理想の音楽プロデューサー像 ~日本の業界の特異点について~

伊藤:当時、日本で音楽プロデューサー業というのは、あまり開拓されてなかったんです。これは、レコード会社にも問題があって、電気メーカーが自社の社員で自社のオーディオ製品を売るためにレコードを作ったという経緯があります。だから、全然エンターテイメントしていない。アーティストやプロデューサーから発信された音楽をレコード会社が売るという流れじゃないんです。

今でも若いアーティストには、"レコード会社がお金を出してCDを作ってくれる"という考えが大きくある。今ではインディーズも大きくなってきたけど、アーティスト自分から主導するという感じではないですよね。レコード会社のプロデューサーの中には、CDを作ってやってるという大きな態度の人もいるけど、そうじゃなくて、アーティストに頭を下げて、「あなたのCDを作らさせて下さい。」というのが本当だと思うんです。これは、純粋に音楽が出発点の欧米のレコード会社の状況とは違いますよね。

Rock oN:スタジオに出入りしてた頃から、そういった矛盾を感じてたんですか?

伊藤:はい。だって、楽器も弾けないし、譜面も読めないディレクターがディレクションして、すごくカッコいい音楽をやってるプレーヤーたちが「ハイ、ハイ。」と言いながら演奏してるんですよ!矛盾してます。

Rock oN:でも、音楽にはビジネスという一面もありますよね。伊藤さんのビジネス面に関する考えは?

伊藤:僕は、営業マンは要らないと思っているんです。作った音楽が営業になると思っています。それに、僕の名前はできるだけクレジットを載せていないんですが、それにも訳があって、僕の音楽が好きなリスナーは、どんな方法を使ってでも辿って僕の作品を探してくれるだろうし、僕のことを"○○というアーティストのプロデューサー"と思われてしまうと、他にもやりたい事が沢山あるにも関わらず、"僕の音楽"="○○というアーティストの音楽"という烙印を押されかねない。それでは、自分の仕事の幅をせばめていくし、収益性といった意味でも、そのブームが去ったら、自分もそこで終わってしまうんです。

また、話題になることを他人に先んじて実践しますが、ある程度まで行ったら止めて、次の事に手を付けるんです。先んじてやった事が、世の中に普及し出すと興味がなくなるんですね。

Rock oN:組織を大きくするということでなく、組織にいる個人の仕事での豊かさを求めているということですか?

伊藤:沢山スタッフがいた時期もありましたが、それは自分がやりたいことと違うと思ったんです。ある日、CDショップに行って、会社の社長という立場で「あのスタッフにこのCDを聞かせたら参考になるな。」と思って買って帰ったんですが、「何言ってるんですか? それウチで作ったCDじゃないですか!」とスタッフに言われた事があって、よく見たらエグゼクティブプロデューサーとして僕の名前が入ってるんですよ(笑)。その時、「あっ、これは僕のやりたいことじゃない!」と思ったんです。自分の知らない物が、自分の会社から出てる。それがショックで一気に冷めて、リストラなんて言葉がまだ無い時代でしたが、大リストラしました。だから、自分がやりたい事というのは、子供の頃に朝まで多重録音を熱心にやってたことと変わらないんだと思いますよ。

伊藤:僕には常にチャートの上位を占めないといけない必然性もなくて、日本のマーケットだったら1万枚売れれば十分なんですよ。その代わり、その状態で10年売れ続けて欲しい。今年1万枚売れたのに来年0だったら意味がない。3ヶ月で10万枚売れたCDはその後、絶対売れないから、それもいいと思わない。それは、今大切にしているロイヤリティによるビジネスの基本だと思います。そのためには、流行に関係なく自分がいいと思ったものをやっていくことが、大切なのです。

伊藤氏ご自身のコメントを織り交ぜながら、KIMスタジオをご紹介!

スタジオ全景。最新の機材ばかりではなく、手前には、STUDERのA-820など、アナログの名機も映っている。文字どおり、温故知新のスタジオだ。スタジオは、20年間、大きな改装もなくほぼ毎日稼働してくれている。先見の明をもった基本設計と、日々のメインテナンスのなせる技だろう。

ミキシングコンソール付近。アナログ・コンソールのモジュールを20本抜いて、D-Commandを設置したところ。必要に応じて、簡単に元に戻せるようになっている。正面の30インチのシネマディスプレイも、サラウンド・ミックス時には、移動したり、サイズの小さいものに、交換されることもある。左手には、ヘッドアップ群が並んでいる。 Millennia / STT-1 Focusrite / Liquid Channnel,ISA 430 などが見えるが、他にも Grace / m-802 digidesign / PRE などの他、Kim Laboratory オリジナルのリモートHAなどがあり、楽器と同じように音色で使い分けている。

楽器庫。「撮影用に、仕事で使用している、楽器の一部を適当に棚から出して、並べてみました。(当然、普段は収納されています・・・笑)アコースティック系を中心に並べてみました。コレクションで、数多く集めている人とは、目的が根本的に違いますので、よく見ると、同じ機能の楽器が、ほとんど無いことに気付くでしょう。背景に映っている壁は備え付けの棚になっていて、こうした楽器類のほかにも、さまざまな電子楽器やシンセ、マイク、エフェクターなどの機材などが、保管されています。ちなみに、温度と湿度は一定に保たれています。」

楽器庫の棚。「収納量を確保することと、中の通気などを考慮して、作り付けの棚を設けています。手間に見えているのは、ギリシャのブズーキーとモンゴルの馬頭琴です。民族楽器は、音に個性があるので、新しい発想をもたらしてくれるので、大切な道具です。サンプラーなどで、アレンジのあたりを付けることは多いですが、最終的には殆ど生に差し変わってしまいます。他の棚には、電子楽器類の棚や、マイク、エフェクター、CD、マニュアルなど棚など、ジャンルによって分類されています。これらの楽器や機材は、入手時のことから、使用した楽曲に至るまで、すべてFIle Maker にてデータベース管理されており、 詳細なデータと共に、いつでも使用できるようにベストなコンディションが保たれています。(実は、それだけでも、かなり大変です・・・笑)」

30年近く前に作った、自分のためにエフェクターボードです。 オーダーして作ってもらったのではありません、自分自身の手で企画から制作まで、全て行ったものです。(パネル加工が最も大変でした・・・笑)このボードは、30年近く経過しているわけですが、それほどとは思えないくらいで、使い勝手の良さは、今の自分が見ても感心するくらい良く練られています。ジュラルミンのトランクの中に、様々なメーカーのエフェクターがノックダウンされており、自分の好みのエフェクターをセレクトしていますので、オールインワンのエフェクター・ボードのようにメーカーの音ではなく、“自分だけの音”が確立できました。

レコーディング・エンジニア/プロデューサーとして、仕事に就く前から、サウンドに非常に強い拘りがあったのでしょうね。フタがペダルになっていて、オンになっているエフェクターは、ネームプレートがランプで光る構造で、非常に視認性が良く、ルックスも最新のエフェクターボードに劣りません。当時は、まだデジタルが一般的ではなかった時代ですから、組み込まれているディレイも、アナログディレイでした。また、プリセットもデジタルではなく、スイッチ・マトリクスによるものですが、瞬時にエフェクトの組み合わせが変えられるようになっており、当時、スタジオでも驚かれたものです。これを持ってスタジオに行くと、人だかりが出来るほどでしたよ・・・笑

パッチベイをフロントパネルより数センチ下げることで、パッチケーブルを刺したままでフタが出来るように工夫していたり、ヘッドフォンアンプや、他のペダルエフェクターへのパワーサプライ、ケーブルチェッカー、チューナーなど、必要な機能が網羅されており、当時としては画期的なものだったんです。切り替えは、すべて不活性ガスが封入されたリレーを使っており、使っていないエフェクターは、全く通過せずに、最短ルーティングで出力されているので、スタジオでレコーディングする際は、多くのエフェクターを繋いだままにしておいても音質が劣化せず、ノイズにも強く、また、凝った音作りも手際よく作れる上に、ライブでの再現性もよく、非常に重宝しました。

約30年前には、このようなエフェクター・システムが、どこのメーカーからもリリースされていなかったので自分で作るしかなったわけです。これは、私のサウンドメイキングのスタートであり、当時の重要な片腕でもありました。(これがファーストバージョンですので、その後はデジタルメモリーになったり、ラックマウントの天板部分にミキサー卓を組み込んだものに移行していきました。また、手掛けたアーティストのために、Kim Laboratoryで、制作していた時期もあります。また、機会があればご紹介しますね。)

もしあなたが、これからデビューする新人アーティストだとするなら、伊藤さんのようなプロデューサーに巡り会え、KIMスタジオで一緒にCDを作れるなら、とてもラッキーで幸せだと実感。今回、お話を伺ってそう思いました。たとえメジャーデビュー出来てCDを出せても、はたまた、自分のやりたい事だけやってCDにすることが出来ても、ご存知の通り、音楽業界は売れなければ生き残って行けない過酷な世界。音楽に造詣が深いのは当然。同時に、フラットかつ論理的な思考でミュージシャンを導いてくれる。なおかつ継続性を大切にしている。アーティストより前に出ない!!そんなプロデューサーが伊藤さん以外にもいるのかな。。。と。それに加え、エンジニアとしての腕は、ピカイチ。徹底したこだわりは、そのサウンドに豊かに表れています。これまで全くお会いした事のないタイプの音楽人。とても興味深い取材でした!

このコーナーでは、音を作り出す活動をされている方の出演を募集しています。ミュージシャン、サウンドエンジニア、作曲家、アレンジャー、はたまた音効さんや声優さんなどなど。音楽機材に興味を持っているかたなら、なおOKです。お気軽に、下アドレスまでご連絡下さい。また、ご感想、ご希望等もお待ちしております。連絡先アドレス : store-support@miroc.co.jp

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