【24】続・劇伴のBPM管理術
さて、先週に引き続き劇伴におけるBPMの管理についての話題です。
BPMが変化するパターンは、大きく分けると主に次の3点でしょうか。
1. ritardandoを用いて段々とテンポを落としていく。
2. accelerandoを用いて段々とテンポを上げていく。
3. ある箇所を境に急激にテンポを変える。
この中で最も厄介なのが3番で、書き手側が気を遣わないまま現場に入ると高確率で事故が起きます。
逆に1番と2番は曲調を聞きながら演奏していると、何となく意思疎通が取れることが多いので、
目立った事故は少ないものでしょう。
しかし、やはりこれにも当然音楽的な範疇の加減があるので、その許容をオーバーした場合、やはり特殊なケアが必要となってきます。
1番、2番の対処としてはいずれも同じなのでまずはこちらを先に解説しておきましょうか。
先ずは例題として、次のデータをご覧下さい(画像1)。
BPM=100で開始した曲がDAW上の9小節目半ばから段々ゆっくりとなって11小節B頭で58まで落ちていますね。
クリックのみのデータも用意しましたので、画像を見ながら聴いてみて下さい。
画像1 練習番号AからBにかけてのrit。
クリックデータを聞きながら確認してみてください。
(クリックで拡大)
実際には、譜面上に何が書かれているのかによって、難易度が大きく変わってくるのですが、例えば9~10小節目が白玉(全音符)で伸ばしていたり、
または、11小節の頭が2~3拍休みとなっている場合には、特にケアすることなく、このクリックで1発成功することでしょう。
しかし、仮に16分音符でフレーズを弾いていたりすると成功率がグッと下がってきます。
ちょっと譜面にしてそれぞれ見てみましょうか(画像2)。
画像2 演奏内容による難易度の違いを見てみよう。
(クリックで拡大)
先ほどのクリック音を再生しながら、上の譜面を何かの楽器で弾いてみると分かりやすいかもしれませんね。
もっと音楽的なフレーズを書いておけば良かった、と反省しつつ、どうでしょう?上手く弾けましたか?
仮にこのパートを1stVlnと2ndVlnに書かれていた場合、数十人の演奏がキチンと揃わないといけません。
そう、アゴーギクを用いた場合の難しさは「弾ける人と弾けない人が出てくる」可能性があるんです。
これを何とかガイドとなるクリックを仕込んで演奏家の負担を軽減せねばなりません。
対処として最も音楽的で解りやすいのはrit.後半のクリックを3連にしてしまうことです。
こちらもクリック音をデータで用意しているので聴いてみて下さい。
このようにクリックの音間を詰めるようにするとテンポの増減が非常に分かりやすくなるんです。
例題を挙げておいてアレですが、実際に現場へ出入りしているスタジオミュージシャンであれば、この程度のテンポチェンジにも
難なくついてきてくれるので、場合によっては「そこの3連クリック消しておいて」と言われるのがオチでしょうから、
予め3連クリックは別のトラックに仕込んでおいて、演奏が2回揃わなかった場合に「予備のクリックを仕込んであるからこっちでやってみよう」と提案する程度が良いと思います。
accel. に関しても同様なのでこちらも同様の対処として下さい。
さて、いよいよ難関の3番。急激なテンポチェンジを行いたい場合、どうするか。
これも曲調やテンポの変化具合によって様々なので一概にこれといった答えは無いのですが、幾つかのパターンを元に見ていきましょう。
先ずは先程と同様にDAW上のデータを見てみましょう(画像3)。
併せてクリックも確認してみてください。
画像3 急激なテンポ変化のある楽曲例。
(クリックで拡大)
今度の曲は、Aの4小節間がBPM60、B以降が160という曲です。
劇伴だと戦闘シーンやカーチェイスシーンなどのアクションスコアを書く場合に良く使うテンポ設定です。
これ、クリックに合わせて手を叩いてみると良くわかるのですが、7小節目で間違いなく叩けなくなります。
ということは、演奏も失敗する確率が高いと言えますよね。
このような場合、様々な対処方があるのですが、良く使われる対処法としては下記のようなものがあります。
1. AとBを別々に録音する方法を初めから選択する。
2. Bの開始はパーカッションLoopなど打ち込みのみにする。
3. 5~6小節目からBPMを160とし、演奏フレーズはなるべく白玉系を用いる。
1番の例だと、リスクとして抱えるのは演奏を一旦停止し、録音を再開する際に生じるタイムロスくらいでしょうか。
あまりスマートな方法ではないですが、現場での対処法としては間違っていないのでまず失敗はしません。
この手法を選択する場合は、Bから録音再開する用途としては、5~6小節間がBPM160となるクリックを予め別トラックに仕込んでおくこと。
そうしないと「Bの二つ前から出します!」と言われても結局BPM60でクリックが流れてしまい、根本的な解決になりません。
2番目は、Bの冒頭からBPM160で鳴る打ち込み素材(リズムループなど)を先行してスタートさせ、生演奏はその素材を音楽的なクリックとして数小節聞いた後に
演奏開始させる、というもの。
楽曲のアレンジ的にかなりの制約を伴うものの、こちらも失敗することはまず無いでしょう。
3番目はちょっと特殊で、白玉で演奏している間にBPM自体を変更させてしまおう、というものです。
おおよその目安として2小節分の先行クリックが存在していれば、白玉を演奏しながらクリックを聴いて、次のBPM変化に備えられるので、
活用次第では如何様にも対処でき、且つ音楽的な制約が非常に少ない対処法です。
B以降が変拍子になっていても対処が出来るので、個人的に非常にオススメな方法です。
あとは例外として「BPMを変更せずに音楽の感じ方でテンポを変更した錯覚を起こす方法」もあります(画像4)。
画像4 BPMを変更せずにテンポが変わったように錯覚させる例。
(クリックで拡大)
Aは4拍子をハッキリと感じさせたものですが、それに慣れた頃合いを見計らってBのような2拍3連のフレーズに切り替えると、テンポがゆっくりになり、
更に重厚さが増したように感じます。
似たような方法としてアクセントの規則性を変化させたりすることでも同様の効果を得られるので、アレンジ次第で色々と対処できることを覚えておくと良いでしょう。
さて今回は前回に続いて、クリックを仕込む観点という少々特殊な視点でお話を進めてみましたが如何でしたか?
根本的な問題点としては、「本来演奏を揃えるためのクリックが弊害になり、演奏に支障を来す事故が発生する可能性がある」ということが伝わったかと思います。
今回、敢えてクリックのみの音源を用意したのは意味があって、演奏家がテンポの頼りにするクリックとは実際のところ、聴感上の点、つまり「一次元の情報に過ぎない」という事実です。
より音楽的なテンポコントロールをする場合、この一次元という点のみを見ていると中々良い対処法がなく、今日の例題として挙げた工夫による対処程度が関の山なのですが、
この考えを根本から見直し、点と点を結んで線としてしまうこと、つまり二次元の情報へと昇華させてしまえばより正確な情報となると思いませんか?
何やら小難しい話に聞こえるかもしれませんが、対処法としては至ってシンプルで、点を線に変換して音楽とテンポを同時に表現する最も良い方法は、ズバリ「指揮をすること」です。
別に今から指揮を学びましょう、というお話ではなくて(もちろん学ぶに越したことはないのだけど)、現場に持ち込む前に譜面とクリックのみで試しに演奏したり指揮をしてみて、
テンポを見失う箇所がある場合、恐らくそこは演奏家も同様にテンポを見失う可能性が高いんです。
アゴーギクを伴う曲を書く場合、予め設計図を作ってしまって、どうやってテンポをコントロールするか考えながら作曲をするのとしないのとでは、最終的に大きな開きができますから
是非とも最初からテンポコントロールを意識した書き方を心がけてみて下さいね。
それではまた来週!
井内 啓二 プロフィール
桐朋学園大学にてピアノを学ぶ傍ら、在学中よりヴァイオリニスト中西俊博氏の元で劇伴のいろはを学ぶ。その後は映画、アニメ、ゲーム、CMといった、数々の映像作品に携わり、楽曲を提供中。
■ 近年の代表作
映画
園子温監督作品「地獄でなぜ悪い」
アニメ
「アウトブレイク・カンパニー」
「BTOOOM!」
「史上最強の弟子ケンイチ」
ゲーム
「PS VITA OS&内蔵アプリ音楽」
「グランツーリスモ5&6」他