音をクリエートし、活躍している人をご紹介するコーナー「People of Sound」。第4回目は、サウンドクリエーターの松本靖雄さん。業界の方ならご存知のとおり、第一線で活躍されるエンジニアさんで、みなさんお馴染みのアーティストからコアなジャンルまで多数手がけられています。多くのビンテージ機材について、お話をお伺いできるだろうと、我々取材陣は、かなりのわくわく感をもってお邪魔しました。

都心にある松本氏が活動の拠点とするスタジオZeeQ。我々取材陣がお邪魔して一歩足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのはNeveコンソールVR72 The Legend + Flying Faders。この太々しく構えるビンテージコンソールを包む室内は、デスクとコントラストをなす白を基調とした、清潔感溢れる居心地のいい空間でした。

2007年2月14日取材

Rock oN:松本さんの経歴をお伺いできますか?

松本靖雄氏(以下 松本):4歳からエレクトーン、14歳からクラシックギターとドラムを始め、幼い頃から音楽に触れていました。高校3年生頃から、レコード制作を仕切る人物として、ぼんやりと“レコーディング・プロデューサーやディレクター”という言葉を意識し、そういうのになりたいと思っていて、学校の文集にも書いていたんです。

それで、当時、ユニコーンや松田聖子をはじめ、日本の音楽シーンの中で勢いを持っていたSONYというレコード会社なら、その会社のスタジオもトップに違いないと勝手なイメージを抱き、入りたいと思ったんです。じゃあ、入るためにはどうすればいいのだろうと考え、それまでに採用された人がいた学校はどこだろうと調べた結果、大学よりも専門学校が近いということがわかって東放学園に入学しました。

学校の入学願書に希望勤務地欄があったんですが、通常は東京だとか、地方出身の人なら地元の地名を書くべきようなところに、ずばり「ソニースタジオ」と書いたんです。それが、インパクトがあって熱意が先生に伝わったのか、入学して1年後にソニーの電話番のアルバイトの求人があった際、真っ先に僕のもとに話が来たんです。有言実行の世界ですね。

順調に電話番にたどり着いた松本氏。ソニー入社後の話が続く~

松本:学校側の配慮もあって、主立った行事だけ参加して学校の卒業はしたんですが、2年生の5月か6月頃からソニーで仕事をしていました。19歳で入社して、メインのエンジニアとして仕事をするようになったのは21歳。以降、フリーになる26歳までは、アシスタントも平行してやってましたが、多くはメインでやっていました。

まさに順風満帆。ここで、エンジニアとして、早くから頭角を表したことを象徴する面白いエピソードを話して頂きました。当時から現在にかけても国内のクラブシーンの中心的な存在であるファイルレコードとの関係です。

松本:21歳の頃、ファイルレコードに所属するアーティストを手がけることになって、スチャダラパーの1枚目のアシスタントを行ったんです。1日で17、8曲をミックスする強行スケジュールだったんですが、メインのエンジニアが残り2曲で倒れてしまい、急遽、僕がメインエンジニアとしてミックスを行ったんです。その仕事が評価され、ファイルレコード傘下のレーベルであるメジャーフォースのアーティストと交流を持つようになりました。メジャーフォースの面々は、次の新しい音楽を生み出そうとしている、ずば抜けてクリエイティブな人たちばかりで、その中で仕事をしたことが、その後の僕の大きなメリットになりました。

国内ではヒップホップ黎明期。ループ、ブレークビーツ、スクラッチといった、今では当たり前の手法が、当時は手探りの状態で、海外から輸入されるレコードやビデオなどを頼りにして試行錯誤をしていた時。東京のほんの一角に集まった、本当にとんがった一部のアーティストが集う、その制作現場に、松本氏は音を直接扱うエンジニアの立場として居合わせたわけです。

松本:ドラムにレズリーを通したり、音をホースに通し反対から出てくる音を拾ったりと、これまで見たことがないことばかりの連続で、常識にとらわれず思いついたことは全部やってみようという精神もこの時期得ました。SONY入社時はちょうど3324が出たばかりの時期で、その2年後に3348が出ました。アナログはほとんど使われてなかったんですが、ファイルレコードのアーティストは洋楽の音を追求している人ばかりで、彼らの欲しいサウンドに行き着く先はアナログだったんです。

当時のエンジニアは、アナログを推奨する人はかなり少なかったんですが、自分に武器がないと業界内で出て行けないと思い、自分なりにアナログを追求したんです。そのおかげで、現在、自分の武器の1つになっている。初期の作品を手がけたゴスペラーズ、リップスライム、ライムスターといったアーティストがこうして10数年たってブレークして嬉しいですね。1989~1994年頃手がけた当時の音源には、サウンドを追求してやろうというパワーが記録として残っています。

その後の電気グルーブとの仕事では、海外-国内と同時進行するテクノのサウンドを追求。彼らとの交流でさらにエンジニアとしての幅を広げていったという。

Rock oN:手がける音楽ジャンルに好みはあるのですか?

松本:才能のある人とやりたいというのが第一にあるので、ジャンルは関係ないです。アーティストとしてパワーがある人は、自分も含め周りの人のよさも引き出してくれます。ジャンルが違っても、いい音には統一された、あるバランスというものがあるので迷いはないです。

Rock oN:ヒップホップ、テクノと話が続いたので質問なんですが、打ち込みのリズムと生のドラムに対してのアプローチは違いますか?

松本:基本線は同じだと思いますが、レコーディングの仕方が変わります。生の方が倍音が多く含まれるので、数カ所にわたり同時に処理しなければならいので、複合的な処理が必要になりますが、打ち込みは一番おいしい部分のみが鳴っているので、キックだったら一番キックのキャラクターを出す帯域を強調する方向になります。

先日手がけた作品で、生ドラムをヒップホップのような打ち込みっぽいサウンドにしました。ゲートで余分な箇所をがっちりカットしたり、キックの上に毛布をかけたり、他パーツとの共鳴を避けるためにタムやシンバルを外してセパレートして別個にダビングしたり。そういう手法ができるのは、打ち込みの音も知っているからで、打ち込みと生の両方を知ってることを活かせた例の1つですね。

Rock oN:ZeeQスタジオを設立したのはいつですか?(ZeeQ設立は7年前)

松本:約3年前です。ずっとスタジオは作りたかったんですが、いい物件が見つからなくて。この物件は、以前は、ある映画監督さんが所有していて小劇場を作る予定だったみたいで、既に防音がされていたんです。壁のコンクリートの中には防音材が入っています。加えて、遮音と吸音は自分で行いましたが、密閉することなく、わざと外の音も入ってくるように考えてあります。

ロンドンのスタジオにいた時に特に感じたことで、街中の感じをスタジオでも感じれるオープンさが気持ちよかったんです。日本のスタジオは、レコーディングスタジオなので当然ではあるんですが、密閉されすぎていて長時間居るとすっかり疲れてしまいます。それで、ZeeQは密閉しすぎないように考えて、空気の循環を空調だけでなく、半分は自然な空気が循環するように設計しています。そのため長時間作業しても、疲れないんです。

音響内装デザインは自身で行い、スタジオの音響設計の際に一般的に採用される測定データ主義でなく、出てる音を聞いた自分の感覚で各遮音、吸音材を何日もかけて調整しました。

松本氏といえば、"アナログ"。

Rock oN:このコンソールを選んだ理由はありますか?

松本:麻布十番にあったスタジオ・ファームでTDを多くやっていて、そこのコンソールの音が大好きだったんです。スタジオ・ファームがなくなる時に、スタジオのハーフインチ・レコーダーが素晴らしい音だったので、欲しいという話をして、それとNeumann U47もすごくいい状態のがあったので一緒に譲り受けたいと話したら、このコンソールの話題になり、金額面でいい条件の折り合いがついたので、コンソールも含め一式購入することで話がまとまったんです。最初は24ch程度のAPIのコンソールにしようと考えていたんですけどね。

Rock oN:じゃあ、このコンソールについては、知り尽くしている訳ですね?

松本:そうです。あまり話たくない内容なんですが(笑)、トラックの場所によって音が違うんです。それに合わせて192 I/Oとのパッチングを変更できるように工夫してます。コネクターの形状も音を考慮してチョイスしてますが、192 I/Oとコンソールの間にインサートするNEVE1073はパッチを経由することなく直でつなげてます。

さらに重要なのが位相の問題です。多くのスタジオでは、ケーブルの2番ホット、3番ホットが混在してますが、ここでは全部3番ホットに統一してます。新たに購入する機材についても、2番だったら3番に改造してます。この小さな積み上げで得られる位相の安定感は素晴らしいです。いいマスタリングをやるとリバーブがL/Rに広がり、ものすごくよく聞こえてくるようになると言われますが、それは、やはり位相の善し悪しの話になってくると思います。

Rock oN:トータルコンプはPrism Sound MLA-2ですね。

松本:MLA-2はすごくナチュラルで奥行きが出ます。このキャラクターを求めるといった意味でバッファーに近い使い方ですね。トータルコンプをつなげる場所はとても重要な位置なのに、細い線でパッチを介してつなげているスタジオが多く、ずっと疑問に思ってて、ZeeQではコンソールの基盤内へと直接つなげています。これで音がぜんぜん違ってくるんです。同じ考えでハーフインチ・レコーダーからも、直接回路から線を出してきてコンソールにつなげています。1個1個の細かい積み上げが最終結果に大きくつながるんです。

1個1個の積み上げと言えば、TDについても言えることで、トラック1つたりとも手を抜いていません。そのトラックだけでも曲を通して聞くことができるようなクオリティまで音を作り込みます。プレーヤーの、演奏にかける思いを損ねたくないという気持ちもありますしね。「ミックスしたカラオケのバージョンもいいですね」とよく言われるんですけど、それはとても嬉しい言葉ですね。

Rock oN:これ(右の写真)はバッファーですか?

松本:そうです。コンソールのマスターでなくてバスで使ってます。トランスのキャラクターを付けるという意味で、EQに近いとも言えます。NEVE、HARRISON、API、MITSUBISHI等、複数あります。NEVE(MARINE AIRのトランス)はざらついていて、リミッティング効果もあったりして、ドラムにいいですね。MITSUBISHIは、音が広がるのでパッド等に合う。面白いことに、LはHARRISONでRがMITSUBISHIだともっと広がる。

そうやって使い分けて行くと、L-R、Centerだけのミックスでなくて、8ch内で4つのL-Rを組み合わせたイメージのミックスが出来るんです。使い方はかなり難しいんだけど、へたな広げものよりも断然効果があります。そういった意味で、最近出たAMS NEVE8816のような製品もどんどんチェックしてみようと思ってます。

Rock oN:松本さんがアナログに強い、ということで仕事を依頼されることはありますか?

松本:最近むしろ増えてきていますね。今やっているバンドの仕事では、僕のアイデアで曲毎に年代設定を決めてやっています。1920年代、40、50年代等々。使う機材もその時代に使われていたものを使ったりして。1920年代だと、全パート(4人)にリボンマイクを1本だけ立てて、最終的に上がっているコンソールのフェーダーは2本だけ、とかね。

Rock oN:Pro Toolsを使い始めようと思ったきっかけは?

松本:Pro Toolsのオーディオエンジンのクオリティーは素晴らしいと思います。位相に関しては、かなりいいクオリティです。日本全体のエンジニアのクオリティが随分とよくなったんですよ。それで、同じものを使ってさらにそのレベルを上げようと。いいものはどんどん使おうといつも思っています。闇雲にアナログ24trにこだわっていた頃は、ピンポンして音が悪くなっていったりとか、録った前のテイクは消されて残っていないとか、そういうことを毎日繰り返していて、それがストレスになってきたんです(笑)。

今のミュージシャンはPro Toolsに慣れているので「前の前のテイク聞かせて」とか、録ってから半日経った頃とかに平気で言うわけですよ。「テープでやってるの知らなかったの??」みたいなね(笑)。やっぱり、いいとこ取りしようという発想と、192kHzもかなりよくなってるので使ってみようと。

それと、僕じゃなく別の人が録ったデータが持ち込まれる場合もありますが、それがかなりひどい状態の場合もあるんです(笑)。そういう場合は、昔だと3348からアナログテープに一回流して、自分なりの音に1個1個作りかえて、そのテープを使って、コンソールでミックスをやっていたんですけど、Pro Toolsだとそれがいっぺんに出来ちゃう。時間的に1日半とか2日かかっていたのが、1日になったり、ミックスに8時間かかっていたのが、6時間になったりとメリットが大きいんです。

海外のトップエンジニアのインタビューを読んで気付くことですが、アナログ世代の大御所にも関わらず、どん欲に最新のテクノロジーを取り入れるという姿勢を持っていることに驚くことがあります。松本さんのお話を伺い、同じテイストを感じました。聞いてて面白かったのは、松本さんがエンジニアの出発点でメジャーフォースのアーティストと関わった点。あえて言えば「かっこいい」ことと「ダサイ」ことの違いを、その現場で体感され、それが現在においても、才能あるアーティストを引き寄せる魅力になっているのではないでしょうか。一方、アナログファン、ビンテージ機材ファンの方も、今回の記事は、面白く読んでいただけたと思います。アナログを知り尽くした上で、「Pro Toolsもいいから使う」と、さらりと言う松本さんのスタンスは 、とても身軽でかっこいいと思いました。

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